韓国ドラマに見る社会変革の力

脚本、演出の妙、役者陣の完璧な演技が輝きまくりの2016年の作品「シグナル」は、
数ある韓国ドラマの中でも指折りの秀作だと思うが、
話の本筋とは別に、一つの問題提起がなされていた事が俺の印象に残った。

そのシーンが観られるのは、全16話の終盤だ。
高校生時代に集団暴行の被害に遭った女性が重い口を開いて、
真犯人は、過去に自分が証言した人以外である事を刑事に告げた時の事。
刑事から、それを法廷で証言して欲しいと言われた女性はそれを固く拒んだ。
尚も証言する事を強く迫る刑事に対し女性は…

無理です。私は夫と娘を失いたくない。静かに暮らしたい。
(私は被害者なのに)世間の目は違った。
「どうせ女の方が誘ったんだ」と。
15年前も今も同じです。
もうあんな目に遭いたくない。

と、涙ながらに応えた。
こういうのって、今の日本も正にそのまんまでさ。
女性の性暴行被害事件が起きた時と同じ流れだよね~。
やられた女の方が悪い。スキがあったんだろ。色目使ったんだろ。ってね。

ドラマの中では、事件が起きた当時ネット上で噂になった時も、
その女性が通っていた学校で「尻軽なだけでしょ?」「街の恥さらし」
「自分で誘ったんでしょ」と陰口を言われ、
彼女が衝動的に学校の屋上から飛び降りようとするシーンもあった。

更には、真犯人が権力者の息子だったために、
示談金を受け取ったアルコール依存症の父親からは「余計な事は喋るな」と言われ、
裏金に操られた警察幹部に支持され、
彼女が苦しみながら真犯人ではない人物の名を言ってしまう姿も描かれていた。

被害者である女性が周囲から罵られるだけでなく、
味方であるはずの父親や警察からも苦しめらるという、
これはドラマの1シーンと言うだけではなく、一つの告発だろうと俺は受け取った。
性暴行被害者からの、社会に対する告発。

実は韓国には、役柄の境遇等に絡めて作者が視聴者を啓発する様なドラマが多い。
2011年制作の「アンニョン! コ・ボンシルさん」には、
トランスジェンダーがトランスジェンダーとして、ゲイがゲイとして出演。

トランスジェンダーの俳優チェ・ハンビッさんは、元海兵隊の父親の息子として生まれ、
男として育てられるも性的違和感に苦しみ、女性として生きる事を選ぶという役柄。

しかし交際していた男性にはトランスジェンダーと知られ、結局別れる事に。
女性になる事に猛反対していた父親とはその後和解する事になる。

2014年制作のドラマ「君たちは包囲された」の中では、
自分の息子が同性愛者であることを知った父親が怒りまくり、息子を罵り続け、
苦しむ息子を自死に追い込んでしまうと言う場面があった。

こんな風に、韓国ドラマって言うのは、
社会的弱者や少数派に関して社会が抱える差別や偏見などの問題を、
正面切ってさらけ出すんだよね。
それによって、視聴者にも考えてもらおうと言う製作者側の意図がくみ取れるのだ。

正面切ってるから解決に向かおうとする進展も早いはずだ。
おそらく今の韓国社会では、社会的弱者や少数派に対する差別・偏見が減って来ているか、
目立ってそうは成っていないとしても、そう変わろうとする動きは強くなっているはずだ。

これが日本の場合だとまるでお粗末で、
ドラマなんかでそう言う問題を扱う場合は、上っ面を撫でるやり方しかしない。
なにしろ、民族差別、身分差別などのあらゆる差別の根源である天皇制がそのままで、
何かにつけていまだに「天皇陛下万歳!!」とやっている社会だからね。

でも「美しい国」日本は差別や偏見なんか無い国だって、世界には知らしめたい訳で。
だから日本社会には差別や偏見が根強く残っているなんて事は絶対に隠す。
ドラマや映画なんかでは、
「社会的弱者や少数派だけど明るく一生懸命生きている姿」を描いて終わり。
視点も丸っきり上からなのだ。

よって社会啓発的な視聴者へのメッセージ性はゼロ。
テレビドラマや映画だけじゃなくて、社会自体がそういう空気感だから、
みんなで悪い流れを変えて行こうなんて動きにはならない。
差別や偏見は温存されたままになる。

一方の韓国には、他にも偏見や差別に晒されやすい問題を扱ったドラマがいくつもある。
パッと思いついただけでも…

金と名誉の為に権力者の弁護ばかりを引き受けるやり手弁護士が、
ある日自分が若年性アルツハイマーに罹っている事を知り、
そこから人としての誠実な生き方に目覚めていく姿を描いた「記憶」。

医療ドラマ「グッドドクター」では、
所謂「健常者」の様に人間関係を築くのにはかなりの困難があるものの、
天才的記憶力を持つサヴァン症候群の特性を活かし、
ベテラン医師にも不可能な医学的難問を次々と解決に導く
自閉症スペクトラムの天才医師が主人公だった。

解離性同一障害、以前は多重人格と言われていた障害。
重いテーマを軽やかな感じで表現していた「キルミー・ヒールミー」。
主演のチソン氏が、7つの人格を見事に表現していた。

幼少期に親から受けた虐待などの影響が強く、
自分を守るために、場面に合わせていくつもの人格を作りだした結果、
自分の中にいくつもの人格が存在するようになってしまう解離性同一障害。
コメディタッチで描かれてはいたが、当人の苦しみはしっかり伝わって来た。

難病や障害と言われているものは、まずその存在を社会に広める必要がある。
「自分には関係のない問題」ではないのだと、個々が知る必要がある。

それは社会的弱者や少数派についても同じで、
その存在を知り、なぜそうなるに至ったか?
そうなるに至った社会的な原因は何か?
を、社会を構成する一人一人が知ろうとしない限り、
問題の解決には至らない。絶対に。

そう言う意味で、社会変革を急速に進める事が出来る韓国では、
ドラマが社会に及ぼしている影響は大きいだろうと思う。
ドラマだけではなく、映画や文学作品なども勿論そうだし。

紹介した作品は、どれも数年前、又はそれ以上前のものなので、
今の韓国社会は、少なくとも様々な問題を知っている。
問題に向き合えると言う事は、解決が近いと言う事でもある。

問題に正面から向き合い、丸裸にして提示し、個々に考える事を促す。
こういう韓国社会の前進のしかたを、日本は大いに学ぶべきだろう。

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