仲間と一杯飲みながら馬鹿話で盛り上がってるときに、
その馬鹿話を拾って、嫌味なく笑いを交えてサラッと蘊蓄を披露してくれる、
そんな感じのサックスなんだよね、ハンク・クロフォードって。
バリバリのジャズではなくて、コテコテのブルースでもなく、
演奏が少し熱くなってきたときに涼しい風を送るように、
ビバップの言葉で語りかけて聴く者をうならす。
ある時、この人のよりブルース寄りの演奏を聞きたくて、
ハンク・クロフォード好きのサックス吹きに勧められ、
ジミー・マクグリフと言うオルガン奏者と共演しているCDを買った。
そしたらこのジミーさんのオルガンがまた沁みるんだなぁ。
ジミー・スミスの様にギンギンに熱くなって弾きまくって盛り上げる手法ではなく、
淡々とハモンドオルガンでブルースを歌い上げる。難しい言葉は使わない。
でもそれがまた格好いいんだなぁ。
こういう感じ、俺のギターでもいけるんじゃないか?とか、
ハンク・クロフォードを聞くつもりでかけたCDなのに、
オルガンばっかり聞いている自分に気が付いたのであった。
似たようなことは夭折の天才ベーシスト、スコット・ラファロ絡みでもあった。
彼は活動期間が短かったので、主たる活躍の場となったビル・エバンストリオ以外、
他のベーシストの様に多くの演奏家とは録音を残していない。
その中で、1957年当時では珍しい女性ピアニストとの録音があった。
パット・モランという、録音当時まだ23歳の若手ピアニストだった。
俺としてはただただスコット・ラファロのベースが聞きたかったので、
ピアノの演奏には興味もなく聞き始めたのだが、
いや、このピアノが力強くて歯切れよくて独自性があって、
いつの間にかピアノに聞き入ってしまってたんだよね。
彼女がニューヨークのジャズクラブ、バードランドで初演奏を果たした時、
それを聞いていたあの偏屈者のマイルス・デイビスが、
しゃがれた声で「あいつは演奏できる」と語ったと言う。
これは当時の演奏家にとっては最大級の誉め言葉だ。
スコット・ラファロのベースを聞きたくて選んだCDで出会った、
それまで名前さえ知らなかった粋な音楽を生み出すピアニスト。
彼女も活動期間は短いので、この天才ラファロとの共演は貴重な記録だ。
俺にとっては宝物の様な1枚となっている。
実生活の場ではなくても、人の繋がりや、出会いというものの不思議さを感じる。
さてさて、これから先そんなに長くはない人生だとは思うけど、
どんな出会いが待っているのだろうか。