「若いこだま」というNHKのラジオ番組があった。
俺がよく聞いていたのは高校生の頃。
当時は「売れてない」、いや、売ってない音楽家がDJをしていた。
関西のR&Bの雄、サウス・トゥ・サウスの上田正樹。
昨年7月に残念ながら鬼籍に入られた頭脳警察のPANTA。
自ら「いっぺん売れて見るわ」と宣言して辞めたのはchar。
そして自らを今は「どこへ出しても恥ずかしい人」と呼ぶ友川カズキ。
友川さんの良さは何と言っても彼が駆使する秋田の言葉だ。
俺が生まれ育った函館は、東北言葉の影響が強いので、
秋田の言葉にも母語のような親しみがある。
アクの強い歌、独特の詩情にも惹かれた。
それから何年も経ったある時、久しぶりに彼の姿をテレビで見た。
それまでにも何度もテレビや雑誌で見てはいたが、
日本人や日本語の源流に興味を持っていた時期だったからだろうか、
初めて、この人は所謂「縄文顔」だなぁと、しみじみ感じた。
青森のねぶた祭りの山車に描かれているハッキリした目鼻立ちの顔とも重なった。
古代の日本。
東北には蝦夷、九州には熊襲と呼ばれた、
朝廷に与しない縄文系の先住の民がいた事は歴史上知られている。
東北や九州の人達の多くが先住の民の末裔だと考えて間違いないだろうし、
秋田出身の友川さんが縄文系の顔をしていても何ら不思議ではない。
その頃俺はアイヌ語地名にも強い関心があって、
東北から九州までもアイヌで解せる地名がある事を知っていた。
実際に、友川さんの故郷から30キロほど東の地域には、
驚くほど多くのアイヌ語地名が残されている。
「マタギの里」として知られている阿仁町だ。
「東北・アイヌ語地名の研究」山田秀三著より
東北の蝦夷はアイヌ民族と混在し、共通する文化を持っていたと考えられているので、
中央政府から夷語と呼ばれたその言語も通じ合っていたのかも知れない。
ここで少し、山田氏の著書に従って地名の解説をしよう。
アイヌ語の地名は、暮らしや生業に密着したもので、
山中であれば狩りや、地形、川の様子に関して命名されている。
地図に記されているのは、後年になり、和人がその音をとって漢字を当てたもの。
上の地図の北側からいくつか解説すると…
・米内沢(よないざわ):i-o-nay→それー多い-川(「それ」は恐いもの、貴重なもの)
・惣内(そうない):so-nay→滝-川
・浦志内(うらしない):urashi-nay→笹ー川
・笑内(おかしない):o-kashi-nay→川尻‐仮小屋-川
・比内沢(ひないざわ):pi-nay→小石-川
…となる。
これらは東北のあちこちだけでなく、北海道にも無数に見られる地名だ。
※アイヌ語で「川・沢」はnayまたはpetなので、petを使っている地域もある。
(いおべつ、そうべつ、うらしべつ、おかしべつは北海道にもある地名)
東北のマタギが狩りに出た時にだけ使った山言葉の中には、
サンベ(心臓)、ワッカ(水)、セタ(犬)などのアイヌ語そのものや、
日本語と組み合わせて変形したものが多い。
こういうところからも、蝦夷とアイヌ民族との繋がりの深さを感じる。
阿仁町ではないけれど、秋田と山形の県境の近くに、
「及位」と言う字が当てられた地名の土地がある。
読みは「のぞき」。岩手には「除」の字を当てた土地もある。
これを知里真志保博士の「アイヌ語地名辞典」をもとにアイヌ語で解すると、
「no-sotki→良い-ねぐら」となり、
熊や猪等の獣にとっての「良いねぐら」、
狩人にとっては良い猟場ということになるだろうか。
この話の入り口で出て来て頂いた友川カズキさんだが、
彼の本名は及位 典司(のぞき てんじ)である。
友川さんは「のぞき」と言う響きが嫌で、芸名を使う事にしたと言う。
前掲の地図が掲載されている「東北・アイヌ語地名の研究」には、
「姓となったアイヌ語地名」という章がある。
一部抜粋すると…
蝦夷にはもともと姓をつける慣習はなかったらしい。
だが和人と接触するうちに、関係のあった蝦夷の族長たちを好遇するために、
朝廷から位や姓を与えるようになった。
「朝廷が与えた」と言うのは気に食わないが、
友川さんの本名も、蝦夷の時代の先祖から受け継がれたものではないのかな。
「のぞき」という日本語での発音は、昨今そんな事件が多い変態大国日本では、
確かに嫌な響きではあるだろうけども、
祖先は腕のいいマタギが集住する”no-sotki”という土地の出だったのかも知れない。