経験の差だけではない何か

ジャズトランぺッターのBlue Mitchellが
1965年にBlueNoteに吹き込んだアルバム”Down with it”の中に
“Alone, Alone, and Alone”という曲がある。
ジャズファンなら御存知かと思うが、これは日野皓正の曲。

Blue Mitchelが来日中に、
日野皓正が舞台で演奏しているのを聞く機会があって、
すっかり気に入ってしまって日野の了解を得て録音したのだと言う。

艶やかな音色でゆったりと、かつ哀愁がこもった演奏は秀逸だ。
脇を固める当時まだ若手だったChick Coreaも、
輝きに満ちたピアノを聞かせてくれている。

日野がこの曲を録音したのはその2年後の1967年。
Blue Mitchelが録音した時の年齢より10歳若い25歳の時だった。
若さが溢れる力強く張りのある音色には惚れ惚れするものの、
ソロになると音を詰め込み過ぎている感は否めない。

音を出していないと間が持たず不安だとか、
沢山音を使って実力のほどを示したいとか、
若手の経験不足の時代には誰もが思う事だとはよく聞くし、
俺自身もそうだったからその気持ちは分かるのだが、
どうもそれだけではないような気がする。

Blue Mitchelの初録音は22歳の時。
Lou Donaldsonのクインテットに加わっての演奏だったが、
“Down Home”というブルースで1コーラスだけソロを吹いている。
22歳なのに、演奏はゆったりとしてるんだなぁ。
これでもかと音を詰め込んで聞かせようと言う焦りみたいなものもない。

やっぱりねぇ、日本人が演奏するジャズとは違って、
これは俺達の音楽なんだ、という確信というか、
まず根底に「俺達の言葉」だという揺るぎない自信があるんだな。

文字通り「言葉」に置き換えて考えると分かりやすそうだ。
日本人が洋楽を演奏すると言う事は、母語でない英語を話すのに似ていて、
発音や抑揚、言葉の言い回しにどことなく自信が持てない。
だから焦りの様なものも生まれてしまうんじゃないだろうか。

だから俺は外国語であるジャズやブルースをとにかく沢山聞いて、
アフロアメリカンの歴史を学び、演奏者の人生の物語に触れて、
それらをなんとか自分の言葉に昇華しようと努力してるんだけどねぇ…。
もちろん日本のプロの音楽家もそうなんだろうけど。

さて、今日3月13日が誕生日だったBlue Mitchelは、
数々の名演を残しながら、49歳の若さで亡くなっている。
しかし同じく3月13日が誕生日だが、
こちらは1925年に生まれているドラマーのRoy Haynesは今も健在。
なんと今日で99歳。
 

Roy Haynesは、モダンジャズの始祖Charlie Parkerとも共演し、
その後も数々の巨匠たちと名演を残したジャズ界の重鎮だ。
2019年には自らのカルテットでライヴ演奏もしている。
95歳で舞台に立てるって、とてつもなく凄い事だよなぁ。

「母語」としての音楽に加えて80年近い経験か。
こうなったらもうかなうわけがないな。

では母語ではない音楽をやっている俺の行きつく先は?
母語話者に追いつける訳がないんだから、
俺自身としての「自分の言葉」で語れるようになればいいと言う事か。
はてさて、生きている間に自分の言葉を見つけられるのやら。

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