留萠鉄道の廃線跡を途中まで( ̄皿 ̄)

1971年に廃止になった沼田町の留萠鉄道。
「萌」じゃなく「萠」の字は、その当時の正式な表記なので、そのまま使います。

留萠鉄道も、昔の北海道によくあった炭鉱からの石炭の積み出しの為に敷かれた鉄道。
留萌本線の現役の駅である恵比島駅から、北側の山奥の炭鉱のある昭和駅とを結んでいた。

道内の多くの炭鉱と同じく、エネルギー政策転換で石炭の需要が減り、
留萠鉄道沿線の浅野炭鉱、昭和炭鉱も閉山。
それに伴って、鉄道も廃止となり、炭鉱の街も消滅。
浅野地区は人工湖であるポロピリ湖の湖底へ…

っつーことで、今回はその湖の手前まで行ってみた。
その先の昭和地区は林道を歩く事になるので、
そこまで鉄道ファン、廃墟マニアでない俺は、あっさり断念( ̄∇ ̄)v

ドラマのロケ地からスタート
俺は好きじゃないので全く見ていないNHKの朝の連ドラ。
1999年放送の「すずらん」で、恵比島駅がロケ地として使われたそうで、
ドラマの中で「明日萌駅」になってるのは、元の駅舎の基礎の上に作られた駅舎。
当時使われていた本来の駅舎は、向かって右にある小さい方のヤツなんだって。
撮影時に車掌車改造駅舎に板を貼って、今の形になったそうだ。

駅前には、ドラマで中村旅館として使われた駅前旅館・旧黒瀬旅館の建物がある。
観光案内所やカフェとして使われたそうだが、今はひっそりとしていた。
雰囲気のある建物だねぇ~♪

さて、留萌線だが、線路は沼田方面に向かった後に大きく左旋回して北へ。
線路跡に沿うように北進する道道867号を進むと、
恵比島駅の裏手に、留萠鉄道の本社社屋の建物を見る事が出来る。

周囲に何にもない雪原にポツンと…。異様です。
鉄道廃止後は、日本ケミカルコートって製薬メーカーが工場として使ったんだって。

廃線跡を追って進むと、やがて沼田町のレジャー施設に近付く。
そのすぐ手前にあるのが、今は導水管を支えている橋台の跡。

修繕とかはしてるんだろうけど、廃線から50年経っても現役。

えーっ、うそだべーーー!!
そして、レジャー施設内に入ると、今回俺が楽しみにしていた展示がある。
石炭の運搬に活躍した、クラウス15号と言うクラシカルなデザインの蒸気機関車だ。

あらっ? 無いじゃないの!! 車庫の前に出てるはずだよ?
うそだべやーーーっ!!
窓から車庫の中を覗いたら、確かに中にクラウス15号がいる。
悔しいので、車庫の後ろの窓から無理くり写真を撮った。

背景やら俺のカメラなんかが写り込んで、なんだかよく分からん!!
帰ってから分かったんだけど、展示はなんと5月上旬からだった。
俺が言ったのは、4月の23日…_| ̄|○

…で、ふっと考えたら、確か10年以上前、
沼田町の役所の近くだったかの倉庫でクラウス15号の写真を撮ったなぁと思い出した♪
ほれ、やっぱりあった( ̄∇ ̄)v

いつもは施設の情報はバッチリ下調べしてから出かけるのに、
今回はまことにうかつであった。
まぁしかし、古い写真の存在を思い出したので、良しとする( ̄皿 ̄)

ここには、沼田町の炭鉱の歴史を学べる炭鉱資料館や…

写真は無いけど、化石体験館、温泉、キャンプ場があって、色々楽しめそうだ。
ただ、今はコロナ感染防止対策の為に制限がある様なので、事前に要チェック!!

〆に遺構を二つばかり
このレジャー施設を出て、ポロピリ湖に向かうとすぐにあるのが橋台跡。

こちらも廃線から50年を経ても現役で、導水管を支えていた。
さぁ、いよいよ今回のゆるゆる廃線巡りのラスト。
ポロピリ湖近くの幌新駐車帯トイレの裏手の路盤跡だ。

写真中央より少し上を斜めに横切る雪解けのライン。
これが留萠鉄道の浅野炭鉱、昭和炭鉱に向かう線路の路盤跡だ。
路盤跡や沿線集落、浅野炭鉱はこの先、ポロピリ湖の下に沈んでいる。

ポロピリ湖から向こうには、かつては数千人規模の炭鉱町があったそうだが、
今は旧留萠鉄道沿線は、湖の手前に数軒の農家があるだけの静かな集落になっている。

でも無人の野になった場所にだって、また人は住めるよね。
同じエネルギー政策の破綻でも、こっちは炭鉱が閉山になっただけで、
何万年にもわたって猛毒を出すプラントが吹っ飛んだわけじゃないんだから。

 

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